東海道を行こう【丸子①】

東海道を行こう[第7回]【丸子①】

今回は安倍川橋の西から丸子宿を目指します


手越~丸子宿へ


【A】安倍川を超えると、そこは「手越(てごし)」という地名の場所です
手越は中世にはすでにこの辺りに宿場町があったことが、
鎌倉幕府の歴史書である「吾妻鏡」に書かれています
ここに手越家綱という武士がいて、源頼朝の奥州攻めの論功行賞として
この先の丸子の地をおさめ、浪人を雇い入れて駅家を建立せよと命じられたといいます
これが江戸時代へつながる丸子宿のはじまりでしょう
ジャニーズに手越くんという人がいますけど、頼朝にとっては手越家綱が手越くんだったのです
(何言ってんだ…)


松も残ってたり、東海道の雰囲気が出てきましたね


【B】国一、旧東海道、長田街道、+αが交わるごちゃごちゃした手越原交差点
ここでいったん国一と合流


【C】「佐渡」という交差点を左へ
「さど」じゃあなくて「さわたり」と読む

子授地蔵大菩薩
子授地蔵大菩薩という古そうなお堂が鎮座しています


【D】広々とした交差点
この辺りから銀行や交番や小学校、大型スーパーなどがあって、
暮らすのにちょうどいいぐらいの町を通り抜けます
なんか山がこのぐらいの距離にある場所に住みてぇ…と思う時がありますたまに


丸子宿


だんだんと山が両側に迫り、丸子宿が近づいてきました
【E】「一りづかあと」が申し訳程度にポツン

丸子宿東見附
【F】丸子宿東見附
ここから丸子宿に入ります

丸子宿本陣跡
おなじみの問屋場跡や本陣跡ですが、
普通のお宅の前とか塀の上とかに標示板や石碑が…
昔の屋号を示す板も至る所にあり、紹介しきれません
町ぐるみで取り組んでるんでしょうね
自宅の前にこういうのあったらいいよなぁって思います(思わない?)

丸子下宿 水神社
【G】この大きな木と石垣と鳥居、絵になりますね~
これは水神社です
大きな川の近くにはたいてい水神社があるんではなかろうかと思います
ちょっとwikipediaで見たところ、静岡県はとくに多いようです

丸子川
その川というのが、この丸子川
今私たちが通っているこの山の間の平地を作り出したのがこの川です

余談ですが、さきほど通った弥勒にも安倍川の水神社があります
こないだローカル番組でその水神社を紹介する場面があったんですが
男性アナウンサーが「水に関係する場所がないのに何でそんな神社があるんですかね」
みたいなことを言ってました
普段から地理や歴史に思ひをはせるようにしないとこういう勘の悪い
ボーっと生きてんじゃねえよ!って言われる大人になるので注意しましょう
それだけ現代人が川の怖さや恵みを知らない世の中になったということでしょう

丁子屋
【H】そして丸子宿といえば丁子屋
名物とろろ汁
がいただける、東海道五十三次にも描かれている、
江戸時代から有名な老舗名店です

中には東海道の歴史資料スペースなどもあり、
テレビでもよくやるんですが、とにかく東海道の歴史を繋いでいこうという熱意がすごい
ここは国一からもアクセスでき、十分な駐車場もあるので
丸子に来たらぜひ寄りましょう

…で、僕はといいますと
丁子屋

がーんだな…


旧東海道は丁子屋からすぐの橋を渡ります

丸子宿 高札緑地
【I】橋を渡ると丸子宿の高札場の跡があって、
当時の高札場の雰囲気が再現されています

丸子宿 高札緑地
天和(1681-1684)の時代の高札のようです
伝馬の規定など事務的なことのほか、
毒薬やにせ薬の売買を禁ずる…にせ金銀の売買は禁ずる……
あと、親孝行しろ、ケンカするな…倹約しろ、人身売買するな…みたいな
ふむふむー
そして標示板にあるように、この辺りが丸子宿の西見附のようです


【J】しばらく進むと、国道一号線と合流します
今回はここまで


おまけ

とろろ汁定食

とろろ汁定食

行く予定だった丁子屋が休みだったので、国道1号を渡ったむこうにある「駿府匠宿」内の
「たくみ亭」でとろろ汁定食をいただきました
こんなん飯いくらでもいけちゃう
静岡の自然薯は味が濃くて美味いらしいです

駿府匠宿
駿府匠宿は陶芸や竹細工などの伝統工芸が体験できる施設です
この周辺は丸子観光の中心で、名刹「吐月峰柴屋寺」や「歓昌院」などがあります
休日にのんびりと散策してみるのがよろしいかと存じます
(普通の観光案内みたいになってる…)

後から知ったんですが、丁子屋から橋を渡らずに真っすぐ行くとすぐ
これまた別のとろろ汁の店「一松園」があり、ここも美味しいと評判です
丸子に来たらぜひとろろ汁を食べましょう


参考文献

「駿河国中の中世史」大塚勲(羽衣出版)

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