時代小説書評_しゃらくせえ鼠小僧伝

時代小説書評【しゃらくせえ 鼠小僧伝】本当にブラックな江戸時代!

『しゃらくせえ 鼠小僧伝』谷津矢車


「鼠小僧」はたびたび小説や映画やドラマで取り上げられる有名人なので誰もが耳にしたことがあると思いますが、実在の人物です

江戸時代に武家屋敷に何度も盗みに入り、
いつしか「貧しい人々に金銭を分け与えていた」という噂がささやかれて話題になりました
しかし真相どころか、どんな人物だったのかほとんどわかってはいません
そりゃ腕がいいといってもただの泥棒
記録がそんなに残るはずがありません

歌舞伎を皮切りにさんざん創作の題材として使われまくることになりますが、
さすがに今では題材がシブいので若い人にはそんなに馴染みがないんじゃないでしょうか

そして、この小説
今をときめく若手時代小説作家、谷津矢車氏がこのシブい題材で書いた
新しい鼠小僧伝なので、
ただの義賊や人情話なわけがありません

まず主人公の、のちに鼠小僧と呼ばれることになる「次郎吉」…
ややダメ人間ですが、まあ普通の人なんですよ
この小説の中で出てくるメインキャラの中では一番普通の人
「え、それでいいの?」ってなりますけど、そういう人だから仕方ない
人並みの善良さを持っていますが、正義感があるわけもない
普通…!

問題はこの人が惚れた女です
次郎吉はこの「お里」とどうしても一緒になりたい
このトラブルに巻き込まれがちな女のために、どうしても金が必要となり
盗みの道に足を踏み入れるのですが…

そしてもう一つの問題は普通に生きていたら絶対に関わっちゃいけない
魑魅魍魎のような連中と関わり合いになってしまうことですね
その巻き込まれっぷりは悲惨の一言につきます

表題こそ鼠小僧ですが、この小説の根底にあるのは
江戸時代後期の底知れない貧富の格差と不条理
ブラック企業が幅をきかせ、労働者を搾取し
無知な弱者を騙す商売が横行するこの現代社会に通じるものがあります
そんな社会に身を置いた次郎吉のような凡夫がもう決して引き返すことができない暗黒に堕ちていく…他人事ではない恐ろしさを感じる物語です

この小説でも次郎吉は周囲の誤解や噂で、自分のあずかり知らないところで「鼠小僧」となるわけですが、そんなことは読者にとっても、ただ周りが騒いでいるだけ、どうでもいいことだと感じてしまいます
ラストシーンは史実と同じく次郎吉が市中引き回しになり、多くの見物人が集まります
そこで、「ああ、そういえばこれ鼠小僧の話だったね」となるわけですが、
このラストの描写は見事なもので、必読です