江戸時代の基礎知識【町役人】(町の自治組織)

江戸時代の基礎知識【町役人】 歴史のお話

江戸町人の窓口

江戸町奉行の基礎知識の記事で、
町奉行所の人員の少なさを町役人をはじめとした自治組織でカバーしていたと書きました
今回はその町内自治についての基礎知識です

仮にあなたが江戸の町人だったとして、
日々の些細なもめごとや相談、事務手続きなどをするために
いちいち奉行所に行きたいと思いますか?

こっちは町人、相手は身分も上の武士
おまけに刀まで持ってる
正直怖い

けれど安心してください
いちいち奉行所に足を運ばなくても
町人には町人の組織があって大抵のことはそこで完結する自治システムが整っていました

町内自治は「町年寄」という人達をトップとした町役人によって運営されます
これらの人達は江戸町奉行所と密接に関係しており
要するに町奉行の管理下で町内組織を動かすので
武士との仲介の役目も担っているということです

 


町役人

●町年寄

町役人のトップです

「今回は俺がやるわ」とか、ましてや選挙で決まったりするものでは決してありません
完全な世襲です
しかも徳川家康に従って三河から江戸にやってきた由緒ある家柄の三家、
樽野藤右衛門、奈良屋市右衛門、喜多村彦右衛門
と、ガッチリ決まっています
この三家が月番交代で務めていました

この人たちが奉行所に出向き、町触れ(法令)などを受け取り
署名のうえ、名主たちに配布します
名主たちはその下の家主たちにそれを配布、
そうして奉行所のお達しが庶民に行きわたるシステムになっています
そのほかの職務内容は、
名主の任免、争議の調停、地代や税の徴収などでした

町年寄がいるのは幕府から拝領した屋敷地で、
敷地内に役所を設けて、そこで町方行政を行いました

町役人といっても、この町年寄の立場は想像以上のもので、
苗字帯刀や、熨斗目(のしめ・本来は武士にしか許されない絹織物の小袖の礼服)の着用も許され、
年頭や大礼の際には、将軍に進物を献上し、謁見をも許されています
身分は町人なのに、その辺の与力や同心より格上の存在でした
なので庶民はあまり関わることはないでしょう

●町名主

江戸の町人はほとんどが長屋などの賃貸で暮らしていましたが、
家屋敷を持っている者は「家持(いえもち)」といいました
いわゆる地主です
その中でも先述の町年寄の下で各町の町政を担当するのが町名主です

家康に従い三河や遠江から移住した者や、古くから先祖が江戸に住んでいた
最初期の有力町人たちは草創名主(くさわけなぬし)といって、名主のなかでも特に格上です
なんでもかんでも格付けしたがるのが江戸時代なんですね

職務は町触の伝達、人別改め(人口調査)、火消し人足の差配、
町奉行の指令に基づく調査、訴状や届書きへの奥印
家屋敷の売買・所持に関する証文の検閲・奥印など

●家主

大家さん

一般庶民に一番近い存在です

先述の家持(地主)は名主の仕事があったり、ほかに商売があったり、
別の場所に住んでいたりなどという理由で
土地と貸家の管理人を雇いました
それがいわゆる家主です
わかりやすいのは、よくドラマなどで出てくる、
長屋の管理人として住民から家賃を徴収する「大家(おおや)」さんがそれです
大家さんは地主から土地と建物を借りて管理しているのです
「差配人」「差配さん」などとも言ったりしますね

「大家と言えば親も同然、店子(たなご)と言えば子も同然」
とよく言われるように
住民の世話やら管理やらもするので、良くも悪くも距離が非常に近い
なので江戸の治安維持にはとても重要な役割を果たしていました

職務は、町触れの伝達はもちろん、名主の指示で火消し人足を差配したり
検視・検分の立ち合いや罪人の預かりなど、
奉行所のサポートのようなことも大事な仕事でした
その他ケンカの仲裁や、捨て子・行き倒れの世話
ちょっとしたインフラ、公共物の修繕など
とにかく多岐に渡っています

忙しいので「書役(かきやく)」という補佐を雇ったりもします


参考文献

「図説・江戸町奉行事典」笹間良彦(柏書房)
「お江戸の役人 面白なんでも事典」中江克己(PHP文庫)
「江戸の不動産」安藤優一郎(文春新書)




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