大河ドラマ「麒麟がくる」の舞台を旅する【黒井城・福知山城」①

大河ドラマ「麒麟がくる」の舞台を旅する【黒井城・福知山城】①

そうだ、丹波行こう

来年2020年の大河ドラマ「麒麟がくる」は久々に戦国時代が舞台
明智光秀が主人公だということで、光秀に関連する場所に早めに行って予習しておこうと思い…

丹波へGO

丹波(たんば)の国は旧国名で、現在の京都府と兵庫県にまたがっていました
京都といえば年間五千万人以上も観光客が訪れる大都市ですが
ちょっと北へ行けばもうそこは山、山、ひたすら山!
観光客でごった返す京の都の喧騒をはなれ、山間の地を進むJR山陰本線
その険峻な渓谷の風景に見とれるうちに山城と丹波の国境を超えます

京都の海の方の丹後(たんご)には天橋立や舞鶴港といった観光スポットがありますが、
丹波はというと、一般的には影が薄い

・・・ていうか、山!

みたいなイメージなんじゃないでしょうか
それどころか意識したことすらない人も多いような気がします

これ以上言うと地元の人に怒られそうですが、
今度の大河ドラマ「麒麟がくる」ではこの丹波にスポットが当てられることは間違いないでしょう

丹波の国は京の都の北西の出入り口として昔から重要視された地でした
山々の間の多くの盆地によって構成されていて
中世には互いに山で隔てられた地方豪族が各々独自の文化を持って割拠する状態でした


●信長の戦い

明智光秀が仕えた織田信長は、
大きくなった軍団を分け、同時期に多方面に侵攻する
いわゆる「方面軍」を編成して全国統一にあたりました

たとえば柴田勝家が北陸方面、羽柴秀吉は中国方面といった具合です

光秀も最高司令官のひとりとして、天下の中央部である畿内の制圧を担当します
そこで絡んでくるのが、都の北西、多くの国衆が割拠する丹波と丹後です

天正3年(1575年)信長に敵対する足利義昭に味方をする国衆達を討伐するために
光秀の丹波・丹後平定戦が始まりました


●まずは現地へ

今回の旅はポイントを絞って、
丹波平定戦の代表的な戦地である黒井城と、
光秀が丹波平定後の拠点とした福知山城に行きました

黒井城は戦国の山城なので、完全に登山になります
それもハイキングで行くような場所じゃない、慢性的に運動不足の僕がとっても険しい山を登ることになりました

福知山城は戦国時代に築かれたとはいえ、もはや織豊期の近世城郭なので
気楽に行ける観光スポットです


●明智光秀の丹波平定戦

織田信長の丹波攻めは、丹波の国衆である内藤如安と宇津頼重という
小さな勢力を討伐する目的で始まりました

しかし結果的に光秀にとって厄介な敵となったのは
大きな勢力を誇る八上城の波多野秀治と黒井城の赤井直正でした

波多野秀治も赤井直正も初めは信長に恭順していましたが、
直正が敵対していた但馬の山名氏が信長に助けを求めたことから
信長との折り合いが悪くなり、
赤井直正はついに足利義昭の反信長勢力に取り込まれます

赤井直正は「悪右衛門」「丹波の赤鬼などの異名を持ち、
武田氏の歴史書「甲陽軍鑑」にも優秀な武将としてその名が出てくるほどの猛将でした

光秀は黒井城の周囲に付け城を構築して兵糧攻めにしようとします
この時点で丹波の国衆の大半は信長に従っており、光秀がぜん有利な状況でした
そのさなかの天正4年1月、八上城の波多野秀治が突如反旗を翻します
その結果、光秀は大敗北を喫し、本拠地の坂本に退却しました

黒井城の戦いは光秀にとって屈辱の一戦となったのでした

その後、畿内の戦を任されている光秀は信長の命令で丹波衆と石山本願寺の両方と、交互にせわしなく戦うはめになります
信長・光秀にとって超多忙なこの時期に、黒井城は喉元に刺さった魚の骨みたいに邪魔な存在だったことでしょう

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黒井城

●福知山駅へ

黒井城へ行くには、まず京都駅からJR山陰本線で福知山へ向かいました
すんなり行けると思ったら、途中の園部駅より先はICカードが使えない!?
なので園部駅で一旦降りてICカード通してから、切符を買うことに
買ったはいいが、電車の本数が少ない…
あるにはあるんですが、特急電車の比率が多いです
特急は金がかかるから鈍行を待つことになり、余計な時間がかかってしまいました
丹波へ行く際には注意しましょう

ちなみにこの園部も明智光秀が攻略しています
江戸時代には園部藩が置かれました

丹波 福知山駅

そしてお昼ごろ福知山駅に到着
そこそこの都市のはずですが、自動改札がなく駅員さんが手動で切符切ってます
これには絶句せざるを得ない…

調べてみたら2021年の春から色々変わるみたいで
ICカードの範囲も広がるらしく、自動改札も導入されるらしいです

福知山駅 しゃちほこ
福知山城天守のしゃちほこがありました

駅の近くの予約しているビジネスホテルに荷物を預けようと行ったら
カギが閉まってる
昼間は人がいないのか…?
仕方なく駅に戻りコインロッカーを利用しようとしたら小銭がない…
チッ、なんかスムーズに事が運ばないぜ…
などと思いながら駅前のラーメン屋でプチ流行りの台湾まぜそばを食べました

福知山駅前

腹ごしらえをしていよいよ黒井城へ
福知山駅から、福知山線で黒井駅へ向かいます
福知山駅からかぞえて3駅目なので、時間はかかりません…が、
県境を超えて、兵庫県になります
でも、丹波です
旧国境と現在の県境が一致していない場所なんですね
丹波は結構横に広いのです

福知山駅の次の駅である丹波竹田駅が無人駅だということで、
ここで降りる場合は先頭車両の車掌さんに切符渡すみたいなことをアナウンスしてます
学生時代住んでたアパートの近くも寂しい無人駅だったなあ…と懐かしい気持ちに
黒井駅もそうなんだろうと思ってたら黒井駅にはちゃんと駅員さんがいました


●黒井駅

黒井駅

黒井駅に到着
静かな場所

黒井駅 お福像

駅のローターリーのちょっとした庭園に「お福像」があります

お福って誰やねん…って思った人は無礼者
このお方こそ、徳川幕府の三代将軍家光の乳母にして大奥の奥女中のトップ「春日局(かすがのつぼね)」
………の子供の頃のすがた、である!

むかーし大河ドラマでもやってましたね
その時は全然興味なかったですけど

なぜこんなところに春日局の像があるかというと
この辺りは春日町といって、彼女が生まれた地だからです

黒井城を攻略し、丹波を平定した明智光秀は、
重臣の斎藤利三を黒井城主としてこの地を治めさせました
お福はその時に斎藤利三の娘として生まれました
彼女がのちに後水尾天皇からたまわる「春日局」の名号もこの地にちなんだものです

謀反人の重臣の子という立場でありながら、天下の権力者になるんだから
世の中わからないものです


●春日町

黒井駅から黒井城を見上げる

駅からすぐに黒井城の平らな山頂主格部分が見えます
これからあそこに登るのか…
この日は10月初旬なのにめちゃくちゃ暑かったのでわりとゲンナリしていた

黒井川(由良川水系)
後で知ったんですけど、ここ桜の名所みたいですね
春に来るといいかもしれません

お、なんかある

公民館みたいな建物の外の自販機

さすが、次の大河ドラマへのテコ入れが始まってます

黒井城へ

小学校へ続く坂道が黒井城へ続く道でもあります
ここを少し上ると、右に興禅寺というお寺へ続く道があるので行ってみましょう


●興禅寺

このお堀と石垣を見ればこれがただの寺じゃないことがわかります
ここはかつて、黒井城の下館だった場所です
城主が普段からあんな山の上に住むわけがありませんから、
ここで政務を行ったわけです
春日局もここで生まれたといわれていて、「産湯の井戸」や「腰掛け石」などがあります

城ではないとはいえ、戦国武将が住む館ですから、堀と石垣でガッチリ防御していたわけですね
石垣は戦国時代に特徴的な、加工しない石を上手に積み上げていく野面積み(のづらづみ)と、
近世になって修復した部分であろう打ち込み接(うちこみはぎ)が見られます

この寺はもともと、ここよりもっと下の寺町にあったそうですが、
戦国の戦火で焼けてしまいました
この寺町の復興に尽力したのがやはり赤井直正でした
江戸時代の初期に今の場所に移築し、開基(かいき)を赤井直正としました
やはり彼はこの地の人々にとって特別な人物だったようです


●黒井城の休憩所

ありがたいことに興禅寺の目と鼻の先に休憩所があるので、
山登りの前に立ち寄りましょう
トイレもあります
何がそんなに辛かったのか、ここに来るまでに大した距離じゃないのに
めちゃくちゃ疲れてたんですよね
やっぱり暑かったからかな

中に入って驚いた
明智光秀と赤井直正のイラストパネルやらなんやら色々ありました

ここって決して観光地じゃないんですけど、
今からこんなアピールしてるとは予想外でした


●黒井城登山口

黒井城登山口

登山には2つのルートがあって…

左側のなだらかコースか…

右側の急坂コースがあります

さあ君はどっちを選ぶ?

(長くなったので次回へ続く)


参考文献

「国史跡黒井城跡(パンフレット)」(丹波市教育委員会)
「歴史旅人 Vol.5【明智光秀の謎】 」(晋遊舎ムック)



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